ロンドンに着いてからも天気は良かった。何よりも湖水地方と比べてずっと暖かいことがありがたかった。この日も朝から気温は20度あった。
ハイドパークの人なつこいリスたち
ヒルトンは、ロンドンの中心地にあるだけに、観光客だけでなくビジネスマンも多かった。何かの売り込みか視察なのか、朝食のレストランには日本企業の団体もいて、ロンドンで売られている日経新聞がみんなに配られていた。
ブッフェ形式の朝食は品数も多く、従業員は洗練された感じがした。そそくさと朝食をすませ、ホテルの真ん前にあるハイドパークの散歩に出かけた。広い芝生の公園は、早朝なので人影はまばらだったが、ジョギングする人がいたり、のんびりと新聞を読んでいる人もいた。芝生の上では、小さなリスが走り回っていた。エサを見つけては、忙しそうに口を動かしていた。
ポケットを探ると飛行機の中でもらったビスケットがあったので、リスに与えてみることにした。小さく割ってリスに見せると、一目散にやってきた。妻が手を出してリスに与えると、受け取ったビスケットをくわえながら急いで走り去っていった。
公園にはリスが何匹もいて、姿を見つけてはエサをやっていたが、そのうちビスケットもなくなってしまい、リスたちには申し訳なかった。リスたちはとても人なつこく、何となく愛敬があるのがおもしろかった。
歩いていると、馬に乗ったカップルが通り過ぎていった。ロンドンには騎馬警官がいて日常的にも街を巡回しているそうだが、乗っていたのは一般人だった。公園で馬に出会ってもそんなに違和感がなく、さすがロンドンという感じがした。
今日のロンドン観光は9時にホテルを出発する。ホテルの広いロビーにはすでに鶴田さんという女性の現地ガイドが来ていた。バスの運転手はカールという男性だ。
市内観光は、バスの車窓からトラファルガー広場やビッグベンを眺め、ウエストミンスター寺院では、短時間だけバスから降りて、大急ぎで記念撮影した。今日の観光の中心は、エリザベス女王の即位60年で一般公開されているバッキンガム宮殿の見学であり、その他のところでゆっくりしている時間はない。
エリザベス女王即位60年、ダイヤモンドに目がくらむ
10時前にバッキンガム宮殿に到着する。宮殿前の広場は、即位60年を祝う行事の際には100万人のイギリス国民が集まったそうだ。広場にはすでに多くの観光客が訪れていた。日本人や中国人などアジア系の人たちも多い。道路には色とりどりのバスが路上駐車している。
この場所で衛兵の交代が毎日11時からおこなわれるのだが、あと1時間以上もあるので見学はできない。人々のすき間をぬうように宮殿の門前に立ち、二人ならんで写真を撮ってもらった。英語、ドイツ語、ラテン語、アラビア語、中国語に韓国語、広場ではあらゆる言語が飛び交っていて、国際色があふれていた。
10時近くになって宮殿見学の入口へと歩き出す。入場ゲートの前には長蛇の列ができていた。その行列には並ばず、鶴田さんが係員と交渉して、先にゲートの中に入れてもらった。ただし、館内には予約した10時15分にならないと入れないらしい。
入場時間が近づいて、同じ時間で予約して外に並んでいた人たちがどっとゲートから入ってきた。館内の入口に人々が一気に詰めかける。入る際にセキュリティチェックを受ける。持ち物のX線検査まであって、空港並みの厳重さだ。そこを抜けるとオーディオガイドが全員に配られる。係員から「何語か?」と聞かれ、「ジャバニーズ」と一言言うと、「ゼロゼロイチを押してください」と片言の日本語が返ってきた。
入ってからはオーディオガイドにしたがって館内のあちこちを歩いた。各部屋の入口には番号が書かれていて、オーディオガイドの数字を押せば、日本語で解説が始まる仕掛けだ。
キャラリールームという絵画を飾った部屋には、王室が世界から買い集めた数々の名画が、両側の壁一面にぎっしりと展示されていた。レンブラント、ルーベンスなどとともに、フェルメールの絵が一点だけあった。かつて訪れたオランダを思い出す。
すべて世界の名画なのだが、とにかく絵の数が半端ではなく、とても一つ一つをじっくりと見ていく暇がないのが残念だ。
いくつかの部屋をすすんでいくと、黄金のピアノが置かれている部屋があったり、タペストリーが一面に飾られている部屋があったりで、これでもかこれでもかと言うほど、王室の財宝の数々を、一般庶民に見せつけてくれるのだった。
極めつけは即位60年を記念するダイヤモンドの展示で、これだけは一目見ておかなくてはならないという見学者で黒山の人だかりがでてきていた。ダイヤモンドを惜しげもなくちりばめた王冠をはじめ、指輪、ネックレスなどイギリス王室の宝物がガラスのショーケースの中に置かれ、きらきらと輝く宝石が訪れた人たちの心をうばっていた。
目もくらむようなダイヤモンド展示室を後にして、いくつかの部屋を通り抜けると宮殿の中庭に出た。手入れの行き届いた緑の芝生が一面にひろがっていた。残念ながらロープが張られており、足を踏み入れることはできなかった。
中庭には仮設のトイレや広いみやげ物屋があって、記念品を買う人たちで大賑わいだった。宮殿を出て、しばらく歩いたところに停めてあったバスに乗り込み、次の訪問地の大英博物館へとむかった。
世界からの戦利品がずらりと並べられた大英博物館
12時すぎに博物館に到着する。ここも人でいっぱいだった。まずは博物館をバックに写真を撮る。国立の施設ということで、入場は無料だ。ただ、「盗人(ぬすっと)博物館」というありがたくない名称をいただいているように、ここに展示されているのはすべてイギリス以外の国々から集められたものばかりだ。入場料をタダにしているのも、そんな後ろめたさがあるのではないかと勘ぐりたくなる。
見学はエジプトからの「盗品」ではじまる。ナポレオンがエジプトからぶんどってきた品々だ。ガラスのショーウインドウに展示されているロゼッタストーンは、エジプト古代文字のヒエログラフを解読する手がかりになったことで世界的に有名だ。12歳ですでに16カ国語を理解したという語学の天才、シャンポリオンによって解読されたヒエログラフが、ロゼッタストーンの一面にびっしりと記されていた。
展示場は、エジプト文明からメソポタミア文明へと移り、ギリシャ文明のコーナーでは、アテネのパルテノン神殿に飾られていたという彫刻が展示されていた。ギリシャ政府は、イギリス政府に対して毎年10回ほど、彫刻の返却を求める手紙を出しているそうだ。イギリス政府は、これだけの彫刻を長年にわたってメインテナンスをしながら、しかもタダで展示できるのは大英博物館以外にはないという理屈をのべて、返却の求めには頑として応じていないのだとガイドの鶴田さんが話してくれた。
しかし、ギリシャ政府もだまっておらず、もとにあったところにもどしてこそ彫刻としての値打ちがあるのだと主張し続けているらしい。
私は、「やはり野に置けレンゲ草」のたとえ通り、その国の宝はその国に返すべきだと思う。「こんな宝物はイギリスでないと管理はできない」などという主張は、大国主義そのものではないか。
そもそも、250万人の完全失業者をかかえて経済危機に直面しているイギリスは、もやは大国でも何でもない。エジプトなどの他の国からもぶんどってきた品物は、ただちに返却すべきだ。
そんなことを考えながら館内を回っていると、あっという間に博物館の見学はタイムリミットをむかえ、みやげ物のショップを一回りして、13時30分には外に出てきた。
午後からは自由時間となる。私たちは、ロンドン一の繁華街ピカデリーサーカスまで地下鉄で移動し、三越ロンドン店でみやげを買い、近くのサンドウィッチの店で昼食にした。サンドウィッチはどれも3ポンドほどで、コーヒーをつけても2人で10ポンドもしないのはお得だった。
慌ただしくロンドン市内を自由観光
その後、地下鉄のピカデリー線に乗って、ロンドン塔に行くことにした。15時すぎにロンドン塔近くのタワー・ヒル駅に着く。外に出ると、日差しが強くて暑いくらいで、イギリスに来てからはじめてジャンパーを脱いだ。
土曜日とあって、ロンドン塔も大勢の人でごった返していた。ガイドの鶴田さんの話では、ロンドンオリンピックの開かれていた7、8月は、どこの観光地も閑古鳥が鳴いていたそうだ。オリンピックの期間中の観光を各国のツアー会社が敬遠し、イギリスの人たちも、道路の渋滞などを避けてあまり出かけなかったそうだ。だから、オリンピックが終わって、9月になってから観光地に国内外からどっと人が押し寄せているのだそうだ。
長い行列に並び、入場券をようやく買い求め、ロンドン塔の中に入る。1人20ポンドもした。ロンドンはどこに行っても物価が高い。
入場門を入ったところで制服のおじさんと記念撮影する。おじさんも快くポーズを取ってくれた。ここではこれがお約束なのだとガイドブックにも書いてある。入ってすぐ右の入口をくぐって塔の側壁の内部にある展示室に入る。展示室を出ると、ロンドンタワーブリッジが見えた。
ロンドン塔の敷地の真ん中には、ホワイトタワーがあり、階段を上って中に入ると、中世の武具が展示されていた。騎士が身につけていたさまざまな形の鎧が、ショウウインドウに飾られていた。中には4、5歳の子ども用と思われる鎧もあった。小さなころから身につけさせて、騎士道を教育していたのだろう。館内には、馬の等身大の模型がずらりと並んでいる部屋もあった。
ホワイトタワーを出ると、ジュエリーハウスがあって、その前に偽物のイギリス衛兵が番をしていた。観光客に見せるため、時々歩き回ったりしていたが、子どもたちがおもしろそうにその後をついていった。
ジュエリーハウスの中に入ると、ここにも王室の財宝が展示されていた。中でもエリザベス一世の王冠は、息をのむほど見事だった。ダイヤモンドがちりばめられていて、大きいものは3センチくらいの直径があった。王冠はいくつもあって、一つのものを代々受け継いでいくのかと思っていたが、それぞれの女王が好みに合わせて作らせるらしい。
まばゆいばかりの宝石を見て、ジュエリーハウスを後にした。ロンドン塔をあとにして、ふたたびタワー・ヒル駅から地下鉄に乗ったのは17時で、まだ時間があったので、イギリスの名門デパート、ハロッズに立ち寄ってからホテルに帰ることにした。ホテルの最寄り駅からハロッズまでは地下鉄でひと駅の距離だ。
ハロッズの入口を入ると、日本の三越のような匂いがした。ブランドの化粧品が置かれている。ここには、ダイアナ妃の非業の死を悼んで、メモリアルが置かれている。事故で一緒に亡くなったダイアナ妃のボーイフレンドは、ハロッズのオーナーであるアラブの大富豪の息子だ。
地下1階のメモリアルには、二人の遺影が花に囲まれて飾られていた。来てみたかったという妻は、ダイアナ妃の遺影に手を合わせた。
最高級レストランで最後の晩餐を楽しむ
ハロッズを出て、地下鉄の改札を入ろうとすると、すでにオイスターカードのチャージが切れていたので、カードを返却して料金を返してもらうことにした。窓口で駅員にたのむと、レシートのような書類にサインをすると5ポンドが返ってきた。
時間が迫っているので、タクシーに乗ることにした。ヒルトンまではちょうど7ポンドだった。妻が50ペンスをチップにして渡すと、サンキューを3度も言われたそうだ。
夕食の集合時間30分前の18時にホテルに戻ってきた。どこへ行っても、人、人、人の週末のロンドンを慌ただしくめぐる自由時間だったが、世界遺産も宝物も見ることができて満足だった。
夕食はヒルトンの28階にあるミシュラン三つ星の高級レストラン「Galvin at Windows」で、イギリス旅行最後の晩餐を楽しむことになっている。大急ぎでジャケットに着替えて、1週間ぶりくらいでネクタイを締めた。妻も今日のディナー用の洋服に着替えた。ロビーに降りていくと、みんなそれなりのおしゃれをしている。ロンドンの三つ星レストランとあって、私たち夫婦をふくめて身構えているのだ。
料理は、はじめにフォアグラの前菜が出てきて、メインは鯛のグリルで、オニオンが添えられている。出てくる料理のすべてに上品さがただよっている。埃っぽいドライブインで食べた前日の昼食のフッシュアンドチップスは何だったのかと思うような落差だ。
デザートはポップコーンで意外性を出し、アイスクリーム、チョコレートケーキという正統派で収めるという手の込んだものだった。どれもとびきりおいしい。
窓際の席についたわがツアーの一行は、ロンドンに沈む夕日を遠くに眺めながらディナーが始まり、デザートが終わったころには夜景に変わっていた。窓からは、テムズ川の流れが見えた。ロンドン・アイやビッグベンは、方向が違うので残念ながら見えない。
ワインがすすみ、1杯20ポンドもする赤ワインを3杯もいただき、今宵は少しだけ贅沢をさせてもらった。
明日は午後の便で日本に帰る。田園風景を楽しむのんびりした旅に始まり、最後は大急ぎのロンドン観光となったが、イギリスの人たちともふれ合い、エリザベス女王即位60年という記念の年に訪れることができて、思い出の旅行になった。








