今朝も5時過ぎに起床する。2連泊したイギリスの貴族屋敷、マナーハウスとも今日でお別れだ。昨日の朝、庭を散歩した際、妻が書いた絵手紙をフロントに託し、日本までのエアメールを頼んだ。その際、フロントの男性から絵手紙をたいそう褒められたそうだ。さすが紳士の国だ。女性にはやさしい。
さらに、フロント脇の壁に貼ってあったマナーハウスを描いた絵はがきがとても美しかったので、売っているならばもらえないかと妻が頼むと、お金はいらないと言って1枚くれた。
イギリス紳士とのそんな交流もあって、名残は尽きなかったが、バスは9時過ぎにマナーハウスをあとにした。
世界遺産・ブレナム宮殿を案内してくれた日本人女性
午前中は、10時30分の開場時間にあわせて、ブレナム宮殿を訪ねる。ブレナム宮殿は、1705年から28年もかけて建設したそうだ。1987年にユネスコの世界遺産に登録されている。
宮殿には専属のガイドがいて、樋口さんという日本人女性が私たちの案内を担当してくれた。樋口さんは、濃いグレーのスーツを着ていて、約1時間にわたって私たちのツアーといっしょに館内を回り、詳しく解説してもらえた。
宮殿の本館の入口はまだ閉まっていた。高さが5メートルはあるドアにはかんぬきがかけてあり、1.5キロもする錠前で鍵をかけていた。今でも毎日開け閉めしているそうで、ドアの前で待っていると、時間が来ると係の人が鍵を開けた。ドアのうえには、ライオンが雄鶏を押さえつけている彫刻があった。ライオンはイギリスを表し、雄鶏はフランスを表すのだそうだ。
宮殿のドアをくぐると、入ったところは21メートルもの高さがある吹き抜けの玄関となっていた。樋口さんにしたがって、各部屋の展示物を見ていく。
マールバラ公ジョン・チャーチルのブレンハイム(ブレナム)の戦いによる功績をたたえ、アン女王から贈られたことからブレナム宮殿と呼ばれ、第2次世界大戦中の首相であった子孫のウィンストン・チャーチルは、ここで生まれ育っている。チャーチルは政治家であり、ノーベル文学賞を受賞した文豪でもある。絵画も手がけ、800点以上の作品が残されている。1953年にはガーター勲章を受けている。
ブレナム宮殿は、第2次世界大戦中はイギリス軍の秘密基地になってきたが、戦後は1955年から一般公開されてきた。各部屋には、絵画やタペストリー、伊万里焼や柿右衛門など高価な品物が所狭しと展示されていた。
建物の外に出ると、広大なイタリアンガーデンがひろがっていた。庭園の中央には人魚の像があった。20世紀初頭に完成した庭園だという。
噴水があちこちから吹き上げているウォーターテラスは、四隅に女神のような彫像が飾られていた。そこここに、贅を尽くした優雅さを感じた。
宮殿の出口がみやげ物屋になっていて、さまざまな記念の品が販売されていた。ブレナム宮殿を12時に出発して、昼食のレストランへとむかった。
いざロンドンへ、高速道路をひた走る
今日の昼食は、イギリスの大衆料理であるフッシュアンドチップスを食べることになっていた。街中のレストランに入ると、店員から予約が入っていないと言われて、安さんが慌てた。どうやら、運転手のフィルが、”The Duke Marlborough”という店を、”The Marlborough Arms”と間違えたらしい。あらためて店の場所をたしかめて、ふたたびバスに乗り込む。そのことで30分ほど時間をロスした。あらためて連れて行かれたレストランは、郊外にあるドライブインのような店で、最初の店とはまったく雰囲気が違っていた。
はじめにカレーシチューが出てきて、そのあとフッシュアンドチップスが皿に載って出てきた。デザートはチーズケーキだ。いたって簡単な料理なのに、すべてが出てくるまでに1時間以上もかかった。実は、この日、ロンドンに着いたら夕食前にマダムタッソー蝋人形館に行くことを計画していた。開館時間が19時までとあって、1分でも早くロンドンのホテルに到着したかったのだった。だから、昼食前の時間のロスに加えて、食事の遅さに私たち二人は焦っていた。
ようやくレストランを出たのが13時40分で、うまくいけば2時間後にロンドンに着くらしいが、夕方のラッシュに巻き込まれればもっと時間がかかるかもしれないと運転手のフィルは言う。
とにかくバスは高速道路をひたすらロンドンに走った。家の作りが、スレートでもウーライトでもなく、茶色いレンガになってくる。ロンドンに近づいている証拠だ。幸い車の量は多くなく、15時30分に今夜の宿となる「ヒルトン・オン・パークレーン」にバスは滑り込んだ。
安さんにスーツケースをたのみ、部屋には入らず、ホテルを飛び出した。調べていたとおり、最寄りのハイドパークコーナー駅から地下鉄を乗り継いで、マダムタッソーのあるベーカーストリート駅まで行く。
ホテル近くに「サブウェイ」と記した入口があったので降りていくが、しかし、駅の入口はどこにも見当たらず、結局、引き返した。ロンドンでは、「サブウェイ」とは文字通り「地下道」を意味し、地下鉄は「アンダーグラウンド」と呼ばれていた。
再び地上に出ると、少し離れたところに地下鉄の看板が見えたので、そこまで行ってみると、確かに「ハイドパークコーナー駅」とかかれていて、ひと安心した。改札近くの窓口で、日本のパスモやスイカにあたる「オイスターカード」を2枚買って5ポンドだけチャージをしてもらった。カードの料金と合わせて10ポンド払った。カード料金は、カード返却の際に返ってくるところは日本とまったく同じだ。
切符で買えば初乗りは4ポンド取られるが、オイスターカードでは1.9ポンドで済むことがガイドブックに書いてあり、いささか面倒だったが、カードを作ってもらったのだった。しかし、一度、カードを作ってしまえば、日本の自動改札と同じでカードをかざすだけで改札を通ることができる。日付が変わらなければ、その日1日はどんなに地下鉄に乗っても、6.6ポンド以上は取られないという乗り放題なのも魅力だ。
地下鉄に乗り、グリーンパーク駅でジュビリー線に乗り換え、ベーカーストリート駅で降りた。夕方のラッシュアワーが近づいていたが、そんなにも乗客は多くなかった。
世界と「あの世」のセレブが一堂に会するマダムタッソー蝋人形館
駅の案内板にマダムタッソー蝋人形館の場所が記されていて、そちらの方向にすすむと、プラネタリウムのような大きなドームが見えたので、そこが蝋人形館であるとすぐにわかった。ドームでは映画の上映をしている。
入口からチケット売り場までが長かったが、人は多くなかったので、スムーズに売り場までたどりつけた。2人分の入場料金は60ポンドもして、クレジットカードで支払った。そのうち10ポンドが消費税らしい。料金はやや高かったが、ロンドンに来てやはりここだけは入りたかったのだ。
さて、チケットを買ってエレベーターに乗せられ、扉が開くと、すでにそこは蝋人形一色の世界になっていた。数々のハリウッドスターが、フロアのあちこちに無造作に立っていた。客たちは、みんな自由に蝋人形と肩を組んだり手をつないだりしている。もちろん、写真を撮るのも自由だ。トム・クルーズが隣にいたと思えば、レオナルド・ディカプリオが笑顔で迎えてくれていたりした。テレビや映画では見たことがあるのだが、名前がなかなか出てこないスターがほとんどで、フロアを歩くたびに「これ誰やったかなぁ?」などと妻と言い合っていた。
オードリー・ヘップバーンやマリリン・モンロー、ジョン・ウエインなど、すでにこの世を去った人たちもいて、一緒にいられるはずのない人たちとのツーショットも撮れた。
ハリウッドスターの次は世界のスポーツ選手たちが私たちを出迎え、その次の英国王室のコーナーには、結婚したばかりのウイリアム王子夫妻とエリザベス女王が並んで立っていて、その間で写真が撮れるというので長い行列ができていた。撮影用の王冠がおいてあり、妻もしっかりと王冠をかぶって皇室の一員らしくすまし顔で写真に収まった。
ところで、私は何度か出張でロンドンに来ていて、マダムタッソー蝋人形館は3度目なのだが、以前来たときは、ダイアナ妃がこのコーナーでもっとも人気者だった。しかしながら、今回は、ダイアナ妃は華やかなロイヤルファミリーから離れて、一人だけひっそりと立っていた。非業の死を遂げたダイアナ妃に、今では多くの人々が見向きもしないことが悲しく、寂しかった。
その後、場面は一転して、拷問や虐殺など血の滴るコーナーに変わった。気持ちが悪かったので、早足で駆け抜けたのだが、もともとマダム・タッソーは、こうしたおどろおどろした人形を作り始めたのが出発点だったそうだ。日本でも昔あった見世物小屋、あるいはお化け屋敷といったところだ。タッソーの原点を展示したコーナーなのだが、何せ恐ろしさは超一品で、とてもじっくりとなど見ていられなかった。
次は、「ロンドン・スピリッツ」というコーナーで、これは電気仕掛けの2人乗りの車でロンドンの歴史をめぐるというアトラクションで、いろんな場面を見ながら一周するとすぐに終点に着いてしまった。
最後はおみやげコーナーとなり、その先に出口がある。1時間ほどで1回りしてしまったが、一人30ポンドが高いのか安いのかは議論が分かれるところだ。しかし、館内で飛び交う言葉もさまざまで、海外の観光客をふくめて、平日なのにたくさん訪れて楽しんでいたのは、料金の高さ以上に人気があるということだろう。それにしても、数え切れない蝋人形の中に、日本人が一人もいなかったのは寂しい限りだ。日本人も海外でもっとがんばらなければ。
てんやわんやのロンドンの中華料理店
マダムタッソー蝋人形館を出て、ベーカーストリート駅近くのシャーロックホームズ博物館に入った。小さな古いビルの建物は4階まであって、1階はショップになっており、2階から4階までが展示室となっている。ショップには、きれいにおめかししたお嬢さんが店番をしていて、写真を1枚撮らせてもらった。
ポリスが脇に立つ入口を入り、狭い階段を上っていくと、2階にはシャーロックホームズゆかりの品々やコナンドイルの初版本などが展示されていた。シャーロックホームズとワトソンの原寸大の人形が並んで置いてあり、その間に割り込んで記念撮影ができる。暖炉には火が燃えていた。
どの階も歩くと床がぎしぎしと音を立てた。4階まで展示品を見て引き返す。入口に立っていたロンドンポリスに頼んで、一緒に写真を撮らせてもらった。もちろん「ニセ警官」だ。シャーロックホームズおなじみの帽子をかぶり、パイプを手にすると、妻はもうホームズになった気分だ。寸暇を惜しんでの自由行動だったが、やはり来て良かったと思った。ツアーのみなさんは、ホテルでのんびりと疲れを取っているのかもしれない。
夕食は、ベーカーストリート駅の近くの中華料理店だったので、シャーロックホームズ博物館を出たときは、すでに集合時間の6時近くになっていたが、そんなに慌てずにレストラン「フェニックス・パレス」(漢字では鳳凰閣)にたどりついた。
店員に通された席には、すでに広島から来た母娘が座っていた。この二人もホテル到着後に買い物に出かけ、直接ここまで来たのだという。しばらくして、あとの一行がバスに乗ってやってきた。
3人家族の母親と娘は、プラチナチケットと言われる「オペラ座の怪人」が幸運にも手に入り、そちらにむかったそうで、残された父親だけが夕食会場にやってきた。全部で12人がそろい、1つの丸テーブルに肩を寄せ合うように座らなければならかなったので、添乗員の安さんが店にクレームを付けて、二つに分けるように強力に主張したが、中国人店員はがんとして受け付けなかった。
他の席があいており、少し工夫すれば無理な話でもないと思ったが、頑強に拒否した理由があとになってわかった。
とにかく食事が始まり、たのんだ生ビールがまだ手元に届かないうちに、スープや麻婆豆腐をはじめ、3、4品が一気に出てきた。まずはビールをぐびっとやりたいと思っていたが、みんなが皿に取り始めるので、私も一応は確保しておいた。ただし、ビールを飲むまでは料理には口はつけなかった。
その後も展開は早く、ようやくビールが運ばれてきたころには、真ん中の丸テーブルに乗り切れないほどの料理が出ていた。それでも、店員はわずかなすき間を見つけて、料理の皿をねじ込むようにして置いていった。30分も経たないうちに料理を載せるところはなくなったが、さらに料理はどんどんとすすみ、ついにはチャーハンと焼きそばまで運ばれてきた。時計を見るとまだ40分しか経っていない。
この騒動は、とにかく料理だけは出してしまおうという店側の作戦なのである。「フェニックス・パレス」の店員は、まるで豚にエサを与えているような気持ちなのだろう。
私がようやく2杯目のジョッキに口をつけているころ、デザートと中国茶が出てきた。後は早く帰ってくれと言わんばかりで、店員たちは空いた食器の回収に来た。あれよあれよのうちに食事は終わり、というか打ち切られ、1時間するかしないかで店を放り出されたのだった。
そこで、なぜテーブルを2つに分けることを頑迷に拒否したのか理由がわかった。2つにわけてしまえば、「エサやり」が面倒になるし、時間もかかってしまうからだ。高齢者がいるツアーでこんなレストランを選んだJTBは、はっきりいって気分が悪い。改善してもらいたいところだ。ロンドンで中華料理を食べるときは、「鳳凰閣」には絶対に行かないようにおすすめする。
ライトアップされたビッグベンを見に行く
さて、てんやわんやの食事が終わって店を出ると、フィルがバスで迎えに来てくれていた。今日の朝、コッツウォルズのマナーハウスでバスに乗るとき、フィルに今夜はどうするのかと訪ねたら、久しぶりにわが家に帰ると話した。私が、「奥さんが待っているんだろう」と言ったら、照れくさそうにまだ独身なのだと言った。フィルとは今夜が最後だ。長い旅だったが、安全で時間に正確に私たちを目的地まで届けてくれたフィルと、力強く握手して別れたのだった。
ホテルについていったん部屋にもどり、元気のある人だけ、安さんに連れられて再びロンドンの夜に繰り出す。とは言っても飲みに行くのではなく、ビッグベンの夜景を見に行くのだった。地下鉄を乗り継いで、ウエストミンスター駅で降りると、もう目の前にイルミネーションに飾られたビッグベンの大時計が見えた。
テムズ川をはさんで向こう岸には「ロンドン・アイ」と呼ばれる巨大な観覧車が青い光を放って、見ていてもほとんど動いているのがわからないスピードで回っていた。35分をかけて一周するそうで、1つのゴンドラには25人も乗れるというから、二人きりでロマンチックな夜を過ごすことは難しそうだ。
ビッグベンを背景に入れて、それぞれで記念撮影する。金曜日の夜とあって、川に架かる橋の上にはたくさんの人々が往き来していた。若者たちが大声を上げながら楽しそうに歩いていた。スパイダーマンのコスプレをした男性もいた。何の意味があるのかよくわからなかった。夜景のスポットになっているそうで、他の日本人観光客もカメラを構えてしきりと写真を撮っていた。
20分ほど夜景を見て、再び地下鉄でホテルに帰ってきた。ジョッキ2杯のビールがほどよく回り、部屋に着くとシャワーを浴びてすぐに眠ってしまった。








