5時前に目が覚める。窓から外を覗いてみると、数台のタクシーがホテル付近をぐるぐると回っていた。どうやら朝まで飲んでいる客をあてこんでいるようだ。確かに、数名の男女が飲み屋の前で話していたり、あぶなげな足取りで歩道を歩いていたりしていた。

マングローブが茂り原生林がひろがる大自然を行く

 日課のテレビ体操をおこない、6時半からオープンしているホテルのレストランに朝食を食べに行った。朝食はバイキングとなっていて、30種類の料理があると聞いていた。たしかに、和食、洋食ともに品数は豊富だった。奄美のもずくは、沖縄でとれるものとは違って、シャキシャキした食感が特徴で、この朝はパン食を選んだが、もずくを器にたっぷりととってきた。

展望台から海を眺める 8時にホテルのロビーで西さんと待ち合わせる。昨夜のことを西さんに訊いたら、12時半までスナックでお兄さんに付き合わされたそうだ。青空が出ており、梅雨時期にしては天気もまずまずだ。車で島の南部方面へ出かける。

 市街地を出るとすぐに奄美大島のジャングルがひろがっている。山の様相が、杉が植林されている本土とはまったく違っていて、映画のジュラシックパークに出てくるような熱帯の原生林がどこまでもつづいている。

 国道58号線沿いにある、島の駅・奄美大島住用(すみよう)の駐車場に車を停める。貴重なリュウキュウアユの棲む住用川やマングローブの森林が周りにあって、道の駅ではマルチスクリーン、ジオラマ水槽で奄美特有の動植物の生態系を体験学習できると説明してあるが、残念ながら営業時間は9時半からだった。

 係の女性に聞くと、併設する博物館や美術館の営業も9時半からだそうで、しかたなく引き上げることにする。来るのが少し早すぎた。ここでは、マングローブの森をぬって漕ぐカヌーも体験できる。全景を望める場所に車を停めて見てみたら、曲がりくねった川を行くカヌーが遠くに見えたが、恐くてとても「体験」できそうになかった。

赤土山展望台で マングローブの森林を抜けてしばらく走ると、眺めのいい展望台に出た。案内板には、「奄美群島国立公園・赤土山(あかつちやま)展望台」と記されていた。奄美群島として日本で34か所目の国立公園に指定されたのは、今年の3月7日のことだった。今回の旅行も、西さんからそのことを聞いて、ほとんど思いつきのように西さんに案内を頼んでみたのがことの発端だった。

 環境省のホームページを見ると、奄美群島国立公園は、奄美大島、加計呂麻島、請島、与路島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島の8つの有人島及びその周辺の無人島で構成され、「奄美群島では、人の生活圏域と森林地域や海域が近接し、生活はこれらの自然と密接に関わりを持ってきました」と説明されている。

奄美の花2 「これらの文化を知ることは、奄美群島国立公園の魅力のひとつとして、訪れた人々により豊かな体験をもたらしてくれます」とのべているように、自然だけでなくそこに住む人々の生活や風習、文化も「国立公園」に指定された大事な要素になっている。

 環境省がつくった真新しい案内板の横には、以前からある地元の自治体が建てた古い案内板があって、それにはまだ「国定公園」と記されていた。古い案内板は少し傷んでいたが、西さんは「こっち(環境省)も、すぐにボロボロになるよ」とけなしていた。

開運酒造で黒糖焼酎の試飲を楽しむ

 赤土山展望台は大島郡宇検村にあるが、この村には、昨夜、西さんのお兄さんが飲んでいた『れんと』を醸造している奄美開運酒造の工場がある。西さんに案内されて、工場を訪ねてみた。

開運酒造の工場で 平日の工場には見学の人影もなく、そのうえ、建物の改修工事がおこなわれていて、見学は無理そうだったが、受付でたのんでみると、しばらくして案内の男性がわざわざ出て来てくれた。名札には「明」と書かれている。「アカリ」と読むのだそうで、奄美大島に多い一字姓だ。そう言えば、西さんも一字姓だった。

 開運酒造に着いたのは10時前だったが、10時になると30分間の休憩に入って、ラインも止まってしまうそうで、明さんはそちらのほうから先に案内してくれた。作業員のみなさんは、ベルトコンベヤで次々と流れてくるビン詰めされたばかりの製品に、何か不具合がないかを目を凝らして確かめていた。チェックを通った製品は、手作業で段ボールの箱に詰め込まれ、全国に出荷される。

 作業する人たちは、わたしたちが近づくと「こんにちは」とあいさつした。工場では50人ほどが働いているそうで、どこに行ってもあいさつしてくれるので気持ちが良かった。大きなタンクがずらりと並ぶ醸造所では、機械の動作音と混じって、クラシックの心地良い音楽が絶えず流れていた。タンクの外側にはいくつものスピーカーが着装されていて、その振動で焼酎をまろやかに熟成させることができるそうだ。

れんと(開運酒造HP) 開運酒造では、これを「音楽醸造」と呼んでおり、3か月間も焼酎に音楽を聴かせ続けるのだという。ちなみに、『れんと』とは音楽記号「lento」からとっていて、「ゆるやかに」に演奏するという意味らしいから、ゆっくりとおいしく醸造されることを願ってつけられた名前なのだろう。

 工場見学のあとには、お約束の試飲が待っている。開運酒造では、「れんと」だけではなく、柑橘系の香りを加えて女性にも人気の「たんかんフレーバー」、宇検村で収穫したパッションフルーツが入った「すっきりパッション 」、ラム酒のような「紅さんご」、さらには、年に千本しかつくらない「開運伝説」という高級酒まで販売している。

 明さんが試飲をすすめてくれるので、運転をお願いしている西さんには申し訳ない気もしたが、せっかくだから全部の種類を少しずつ味わわせてもらった。それぞれの個性があって、どれがおいしいとは言えないが、「紅さんご」がなかなか味わい深かった。おみやげに2種類のミニボトルセットを購入し、わざわざわたしたちだけのために案内してくれた明さんにお礼をのべ、ゆったりとした時間が流れる開運酒造をあとにした。

島内を徒歩で回っている元気な青年と出会う

 宇検村にある湯湾岳公園展望台でまで歩く。湯湾岳は標高694メートルで奄美大島で最も高い山だ。頂上までは50分ほどで登れるらしい。展望台は駐車場の近くにあって、途中、蝶の採取に来ているという東大の学生たちと出会った。彼らの乗った車には「東京大学」と書かれており、あとで調べてみると、奄美大島には、東大の「奄美病害動物研究施設」があるらしいから、その関係者と想像した。

 円形をした展望台に上がると、原生林が遠くの方まで見えた。景色をながめていると、年輩と若者の男性二人連れが上がってきた。もうとおに現役を退いたような年輩の男性に、西さんが話しかけると、車でここまで来る途中に若者が歩いているのを見つけて、車に乗せてやったのだという。青年の方は、愛媛から一人で観光にやってきたそうで、車も自転車もなくバスと徒歩で島内を回っているそうだ。バスと言っても、1日に何本もあるわけではなく、ほとんど歩きなのだろう。

真ん中が西さん 幸運にも車に乗せてくれる人がいて良かったが、ここまで上がってくるのにどれほどの時間が必要だろうか。年輩の男性は、このあともあちこちに若者を連れて行くと言う。西さんは、お義姉さん手作りの「かしゃ餅」(奄美のカシャの葉でつつんだよもぎ餅)を若者にお裾分けした。年輩の男性も、西さんも、西さんのお兄さん夫婦も、島で出会う人はみんな例外なく親切だ。

 正午を過ぎていたが、きれいな海が見える海岸沿いを走り、大島町の古仁屋まで行く。大島海峡をへだてて、対岸は加計呂麻(かけろま)島だ。古仁屋港からはフェリーで25分ほどで加計呂麻島の瀬相港に行くことができる。

 2つの島に橋をかける話は出るそうだが、実現にいたらないさまざまな事情があるようだ。ちなみに、加計呂麻島は、渥美清の遺作となった寅さんシリーズ最終話の舞台となった島でもある。

あやうく奄美産クロマグロに呑みこまれそうになる?!

巨大なハリボテまぐろ トンネルをいくつかくぐり、国道58号線をしばらく行くと、古仁屋の港に到着した。2時を過ぎていたので、とりあえず昼食の場所を探す。「せとうち海の駅」の駐車場に車を停めて、食堂で海鮮丼にありつく。お腹がすいているところに、料理が出てくるまでだいぶ待たされたが、港だけあって魚は新鮮でおいしかった。

 海の駅のそばには巨大なマグロの像があった。「マグロの養殖日本一のまち・瀬戸内町」と記されている。10メートルはあるマグロは、でっかい口を開けていて、呑み込まれそうな迫力があった。

 瀬戸内町には近畿大学の研究施設があって、全国的にも有名な「近大マグロ」は、この研究所から誕生した。地道な研究によって、養殖は不可能と言われていたクロマグロを、世界で初めて卵から育てることに成功した。今では年間1,000トンものクロマグロが瀬戸内町から出荷されているそうだから、回りの風景とは少し似つかないとは言え、巨大なマグロ像をつくるのも理解できる。

ホテルの中庭で 遅い昼食を済ますと、あとはひたすら奄美市まで引き返す。長いトンネルをいくつか通りぬけ、朝一番に訪れたマングローブ林の住用をふたたび通り、4時前には奄美市に到着した。海沿いの道を走り、「山羊島観光ホテル」に立ち寄る。山羊島は、かつてここが本島と地続きではなかった頃、島でヤギが放牧されていたのでその名が付いた。橋ができてから島内にリゾートホテルが建設された。

 すでにヤギは放牧されていないが、この島のマスコットなのか、2頭だけホテルのそばの檻で飼われていて、メーメーとさびしげな声で鳴いていた。檻には、エサをやらないようにと書いてあったが、西さんはそこらに生えている草をむしり、「これをよく食べるんだ」といってヤギに与えた。

 ホテルの泊まり客なのか、幼い女の子と母親がヤギを珍しそうにながめていて、西さんが女の子に草を渡そうとしたが、怪しげなおじさんを警戒したのか、手を出さなかった。
 ラウンジで一服しようとホテルに入って見たが、残念ながら準備中だった。ロビーを突き抜けると裏庭になっていて、池には色とりどりの地元の魚が泳いでいた。

奄美大島のソテツ 5時すぎにウエストコートホテルに帰り、西さんと別れる。夕食までには時間があったので、西さんに教えてもらったホテル近くのスーパーをのぞいてみる。並んでいるのは、ほとんどが本土でも売っているようなものだが、精肉売り場に置いてある豚の豚足のぶつ切りや、スライスしていないバラ肉など地元の食材もあった。

 1リットル入りの紙パックに入った乳酸菌飲料「ミキ」も、奄美大島にしか置いていない。昨夜、西さんのお兄さんの家で飲ませてもらったが、まさに飲むヨーグルトそのもので、甘くてのど越しもいい。米粉を発酵させて自家製でつくれるそうで、西さんは東京でもつくっているそうだ。黒糖などおみやげになりそうなものもあったが、翌日に一括して買い求めればいいと言うことで、結局、スーパーでは何も買わなかった。

 ホテルの夕食は、バイキングではなかったが、品数も多いうえに一品一品が丁寧につくられ、味も良かったので満足した。西さんからは、夕食後にアマミクロウサギを探しに行こうと誘ってくれていたが、連日の疲れてもあり、翌日にそなえて早めにベッドに入った。

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