集合時間の30分以上前に羽田空港に到着する。日曜日とあって人は多く、家族連れも見かける。出発ロビーの売店で昼食用の弁当を買って、指定された集合場所近くで待っていると、お世話になる添乗員の中島さんという男性がやってきて旗を立てる。

旭岳 旭川空港までの飛行機は11時15分出発で、13人の参加者が全員そろったところで簡単な打ち合わせののち一旦解散となる。手荷物検査場に並ぶ人も多かったが、空港の係員に誘導されて少し離れた入口まで行くと客もまばらとなり、スムーズに出発待合所に入ることができた。待合室の座席は、コロナ感染予防は緩和されたものの、依然として密を避けるように座席の一つおきにテープで×印を付けて座れないようにしてある。もうこれでコロナ感染拡大から3回目の秋を迎えるというのに、この×印が取れるのはいったいいつのことか。

 エアドゥHD83便は定刻に羽田空港を離陸した。揺れはほとんどなく、機内で弁当を開く。天気は良く、狭い窓から下を覗くと大きな湖が見えた。座席前にあった機内誌の地図と見比べて、その湖は茨城県の霞ヶ浦とわかる。ほどなく猪苗代湖を確認、東北の山々も見える。飛行機が北海道に渡ると支笏湖が見えた。新千歳空港を通り越して少しすると、飛行機は向きを変えて着陸態勢にはいり、ほぼ定刻の12時50分に旭川空港に到着した。

チングルマ 旭川の天気はくもり、空港の温度計は22度になっていた。北海道にしては暖かい。中島さんに連れられて広い空港のロビーをぞろぞろと歩く。空港ビルから出ると、旭川交通の大型バスが私たちを待っていた。ドライバーは木村さんという男性で、バスガイドは長谷川さんという女性だ。この2人に最終日の帯広空港まで通しでお世話になる。

 長谷川さんはマイクを持つと、「みなさん、待ちに待った旅行です」と満面の笑みで私たちを歓迎した。待ちに待ったのは、旅行客ではなく、むしろコロナで仕事がなかった旅行業者のほうに違いない。移動制限も全面的に解除され、ようやく以前の忙しさがもどってきて、ガイドもドライバーも、この秋空のように晴れ晴れとしていることだろう。

 バスははじめに「上野ファーム」へとむかう。どこまでもまっすぐな道の両側には、収穫を終わったばかりの畑が整然とひろがっている。畑には乗り捨てたコンバインがところどころに停まっている。収穫物を収める巨大なサイロも、北海道ならではの風景だ。

お花畑 これだけの畑の広さなのに、人影はまったく見られない。なぜなら、北海道の農業は植え付けから収穫まですべて機械化され、こまごまと人の手でできるような規模ではないとのこと。確かに、こんなに広ければ、人力だけではどうしようもない。北海道のスケールは、何もかもが桁外れにドデカい。

 14時前、バスは旭川市永山町にある上野ファームに到着する。上野ファームをはじめ8つの庭園が、大雪から富良野、十勝を結ぶ約250㎞におよぶ「北海道ガーデン街道」を形作っている。今回のツアーでは、上野ファームのほか、真鍋庭園と六花の森の3つの庭園を訪れることになっている。

 駐車場には乗用車や大型観光バスが停車し、日曜日とあって家族連れでにぎわっていた。あちこちに庭園のスタッフが働いていて、庭園は細かいところまでよく手入れされていた。入口近くの通路脇にピンク色の小さな花が咲いていたので、スタッフに花の名前を訊くと、イヌサフランと教えてくれた。

トンボがとまったバーベナ かわいらしい花だったが、あとで調べてみると、球根は毒性があるそうで、「嘔吐、下痢、皮膚の知覚減退、呼吸困難。重症の場合は死亡することもある」などと解説してある。実際に球根をゆでて食べて亡くなった人もいるようだ。「きれいな花には毒がある」のたとえそのものだ。

 上野ファームはこれといって見どころはなかったが、1時間の自由行動だったので、約1.3ヘクタールの広さに庭園の中を当てもなく歩き回る。「射的山」と記された丘を上がっていけば、遙か彼方まで田園風景がひろがっていた。収穫前の稲の穂が金色に染まり、その間の線路をマッチ箱のような一両編成のディーゼルカーが走っていく。その圧倒的な雄大さは本州では決して見ることができないもので、まるでヨーロッパの田園地帯にやって来たようだった。

射的山にて 射的山の名の通り、ここにはかつて屯田兵の射的訓練場があったそうで、さらに昔は、石器なども出土した遺跡でもあるらしい。丘のてっぺんにはいくつか椅子が置いてあり、しばし急な坂を上ってきて疲れた足を休める。天気も良く、畑がひろがる風景をゆっくりと眺めていると、つくづく北海道に来ていることを身体の芯から実感できた。

 15時に再びバスに乗り込み、一路今夜の宿となる旭岳温泉へとむかう。旭岳温泉は、別名湧駒別(ゆこまんべつ)温泉と呼ぶことを、長谷川さんが教えてくれた。しばらくすると標高2,291メートルの旭岳が姿をみせる。雲に遮られて頂上は見えなかった。18㎞もの直線道路が延々とつづく。道脇に学校らしき建物があった。道内では多くの外国人が農業に従事しているそうで、来日した外国人労働者のための日本語学校だそうだ。

上野ファーム バスは大雪山国立公園に入る。目の前に旭岳が見える。麓はまだ紅葉していない。シラカバやダケカンバ、エゾマツ、トドマツなどの並木道を通り、程なくすると今夜の宿「ラビスタ大雪山」に到着した。ホテルはヨーロッパの山岳リゾートを模した建物で、温泉旅館の雰囲気はない。広い駐車場には、「わ」や「れ」ナンバーのレンタカーが多数停車していた。「日本一早い紅葉」を目当てに、みんな道外から来た観光客らしい。明日はロープウェイが混雑するかも知れないと、心配になる。

 17時半からの夕食は、フレンチのコース料理。ワインではなく、旭川の地ビールを飲む。ヨーロッパリゾートの外観とは似つかない檜風呂の温泉にゆったりと浸り、21時に早々と就寝する。

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