8時半の集合時間に余裕を持って着けるように、早朝の6時に家を出た。羽田空港行のリムジンバスは、湾岸線のトンネルの中で事故があったようで、迂回して一般道路を通ったおかげで30分ほど遅れたが、8時前に羽田第2ターミナルに無事到着できた。

15人のツアーで羽田から五島列島へ出発

井持浦教会のルルド 集合場所まで行ってしばらく待つことにする。目の前を多くの人たちが、キャリーカートを転がしながら、出発ロビーを往き来していた。ラフな格好で大きなスーツケースを引っぱる家族連れもいたが、平日の朝らしくスーツ姿が目立った。

 商談なのか会議なのか、スマホ片手に目的地へと急ぐ人たちをぼんやりと眺めていると、こうして遊びに行くことが申し訳ないと思う一方、これから仕事にむかう颯爽とした姿はうらやましくもあった。

 そうこうするうち、添乗員らしき男性があらわれ、ショルダーバックから取り出した『富士国際旅行』と記された青い旗を掲げた。男性は若そうに見えたが、年齢はわからない。「こうら」と自己紹介した彼から一組ずつ名前を呼ばれ、福岡空港までのチケットと富士国際旅行のバッヂを渡される。

 参加は全員では15名で、乗り継ぎの福岡空港から合流する人も1人いるので、羽田には14人が来ていた。男性は3人で夫婦で来ているのは私たちをふくめて2組だけだった。一人参加は4人いる。三連休の谷間に催されるツアーだけあって、ざっと見た限りでは平均年齢は高かった。

 9時40分発の全日空機のフライトまでは自由行動となる。この間に、昼食用の弁当を買い求める。機内用の空弁を販売する店は、品数が驚くほど豊富で目移りしたが、手早く食べられそうな「鳥めし弁当」にした。

福江行きの飛行機の前で 乗り継ぎとなる福岡空港行きのボーイング787に乗り込む。チケット片手にきょろきょろしながら通路を歩いていくと、なんと最後尾の席だった。降りるのに時間がかかるが、二人がけなうえに遠慮なくリクライニングできる。

 上空では、富士山こそ見られなかったが、天候も良く、大きく揺れることもなく、2時間ほどで福岡空港に到着し、五島列島・福江空港への便に乗り継ぐ。離島便だからなのか、空港でも離れ孤島に追いやられていて、搭乗口まで延々と歩かされた。福江空港までの機内で弁当を食べようかと考えてもいたが、時間があったので待合所のロビーで「鳥めし弁当」のふたを開け、そそくさと昼食を済ませた。

 搭乗時間が来て、バスに乗って飛行機へとむかう。降りた目の前に停まっていたのは、双発のプロペラ機で、あまりの小ささにいささかたじろいだ。機体には、青、緑、水色の三色のラインが描かれていて、尾翼に「Oriental Air Bridge」(ORG)と記されていた。

かわいい飛行機のCAさんの心遣いがうれしい

福江行きの飛行機(同型機) ORGは、福岡や長崎から、壱岐、福江、対馬の離島の間を飛んでいる。乗り込んだ飛行機は、カナダボンバルディア社のDHC-8-201(エイト200)で、39人の乗客が乗れる。機内にあった説明書では、高出力エンジンによって、プロペラ機でありながらジェット機に匹敵するスピードで飛ぶことができるらしい。

 昔、那覇空港と南大東島を結ぶ便に、同社の双発機が飛んでいたことを思い出した。20人ほどしか乗れなかったと思う。南大東島付近には強い季節風の通り道があって、台風シーズンでなくとも、小さな飛行機はしばしば欠航した。絶海の孤島に働く気象台の仲間を激励しようと、幾度か島に渡ろうとしたが、そのたびに欠航し、ついぞ想いを果たせなかった。

 タラップを上がり、狭い機内に入ると思わず頭を低くする。最前列は、2列目の席と向かい合わせになっているのがめずらしい。たったひとりの客室乗務員(CA)がわたしたちをむかえた。

機内でもらったパンフレット 離発着便が混んでいるらしく、離陸までにやや待たされ、小さな飛行機は駆けるように滑走路を飛び出した。プロペラのエンジンの振動が足元に伝わってくる。ほどなくして、紺のスカートと半袖のブラウスを着た女性CAが、シンボルカラーの3色のアメを配りだした。飛行機が揺れることを考慮してか、飲み物は出てこなかった。「鳥めし弁当」を空港で食べておいて良かったと、つまらないことを考える。

 女性は、潜伏キリシタン関連の資料が世界文化遺産に決定してから、CA仲間が企画から文章、イラストまですべて手作りしたという、ピンクで彩られたパンフレットをすすめて通路を歩いた。

 手にとって見ると、決して下手ではないけども、いかにも素人が描いたとわかるイラストが盛りだくさんで、見どころや世界遺産決定までの経過などを一生懸命に解説していた。訪れる人も少ない離島で、念願かなって世界遺産に登録されたことへの喜びが伝わってくるようだった。

教会巡りで弾圧時代の信者の想いにふれる

福江島の海岸で 飛行機は若干遅れて、1時半すぎに福江空港に到着した。中型の貸切バスが待っていて、さっそく島内観光にむかう。案内してくれるのは、「五島市ふるさとガイドの会」の川口進さんで、制服らしい紺色のポロシャツの胸には「五島市おもてなしガイド」と小さな字で書かれていた。

「ふるさとガイドの会」では、地元のみなさんがなかばボランティアで、3時間3,000円で島内を案内している。川口さんも現役を退職後、ガイドの仕事をしているようで、素朴な長崎弁で話す軽妙な案内は、とてもわかりやすかった。

 福江島には約3万5千人が住む。もう50年以上も前のことだが、大火災が市街地中心部をおそったそうで、4千人近くの住民が焼け出された。そんな大災害があったとは想像もできないほど、今の福江の街は豊かに発展しているが、島内に3つある高校を卒業すると若者は出て行ってしまうため、やはり人口減は避けられないようだった。

白さが輝く水ノ浦教会 はじめに水ノ浦(みずのうら)教会を見学する。1880年に建築され、ロマネスク、ゴシック、和風建築が混合した真っ白な教会は、尖塔が青空に美しく映えた。入口でスリッパに履き替えて教会内に入る。

 礼拝堂の両側には14枚の絵が掲げられていた。キリストが十字架を背負い、処刑されるまでを絵物語にしている。この14枚の絵は、その後訪れたどこの教会にも飾ってあって、画風は違っていても物語はすべて同じだった。

 祭壇と対面して腰掛けると、手前にある机の下には賛美歌集がしまい込まれていた。個人の持ち物のようだった。失礼して取り出してみると、「山下キミエ」と名前が書かれていた。礼拝になれば山下さんがここに座り、これを見ながら賛美歌をささげるのだろう。ちなみに、かつてキリスト教徒は「下民」と蔑まされていて、明治維新に名字をつけるときに、「下」の字を使うことを強要されたという。五島には山下や下田などの名字の人が多いとうかがった。

教徒の心を土足で踏みにじる観光客たち

十字架にかけられるキリスト 教会の中はチリ一つなく、すみずみまで掃除が行き届いていて、いかにこの場所が神聖で大切にされているのかがよくわかる。ところが、世界遺産決定後、海外からも観光客が押し寄せるようになり、教会を荒らす不届き者が絶えないのだという。川口さんの話では、礼拝堂の椅子を中国雑伎団のように3段も積み上げ、その上に乗った姿をスマホで写していた観光客がいたそうだ。「インスタ映え」するとでも思ったのならとんでもないことだ。

 教会はどんな人でも拒まない。だから、日中ならば入り口にカギをかけることもなく、出入りは自由だ。それをいいことに、教会の中で好き勝手なことをして、まさに地元の人たちの心を土足で踏みつけるような行為は、絶対に許されるものではない。

 世界文化遺産への登録は誇らしいことだが、離島で静かに祈りを捧げる信者のみなさんにとっては、ありがた迷惑なところもあるのかもしれない。熱心なキリスト教信者の川口さんのガイドからも、そんな複雑な気持ちがうかがえた。

井持浦教会 バスは島の西側を回り、井持浦教会を経て大瀬崎断崖へと走った。井持浦教会には、1897年作られた日本最初のルルドがある。ピレネー山脈のふもとにあるフランスの小さな町ルルドは、キリスト教徒の聖地として知られていて、年に600万人もの人が訪れる。

 病を治す奇跡の水とも言われる「ルルドの泉」を模して作った泉が、世界各地の教会に設置されている。教会の脇にある洞窟に供えられたマリア像のそばから、泉が細い滝になって湧き出していた。置いてあったコップで、奇跡の水を口にふくんだ。

 大瀬崎断崖の突端には、東シナ海を背景にして白い灯台が立っていた。展望台に立って、思わず歓声が出そうな雄大な景色を眺める。海に沈む真っ赤な夕日が見どころらしいが、残念ながらまだ陽は高く、沈むまでは待ってはいられない。

大浦崎の絶景 その後、透き通った水が青空に映える高浜ビーチなどを回り、6時前に今夜の宿となる『五島つばきホテル』に到着した。ホテルはこの6月にオープンしたばかりで、広々としたロビーは、都会のホテルと遜色がないほど洗練された雰囲気がただよっていた。ツインの部屋はビジネスホテルのように狭かったが、すぐ前が漁港で、窓からは海が見渡すことができた。

 夕食は歩いて3分ほどのところある『カンパーナホテル』が会場となる。1969年に昭和天皇が来島したおりに泊まった老舗ホテルだけあって、和洋折衷の料理は、五島の新鮮な食材をふんだんに使った豪華なもので、どれもおもてなしの心がこもっていた。

 陶板焼きでいただく島特産の五島牛も柔らかく、アゴ(とびうお)出汁の効いた五島うどんに加え、とどめとばかりにアワビの炊き込みご飯が出てきた。島で醸造した焼酎『五島麦』は口当たりがよく、水割りで飲むといい気分になり、ぐっすりと眠ることができた。

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