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9月2日(木)
ふたたびアムステルダムへ

 今日は予定がたて込んでいるので、いつもより早く8時にホテルを出た。約170キロをひた走り、いよいよ終着点オランダの首都アムステルダムまでむかう。早く出たことが逆にわざわいしたのか、バスが朝の渋滞に巻き込まれて車は前に進まず、街の外になかなかでられず、高速道路に入ってからも渋滞は続いた。牛や羊を放牧しているのどかな田園風景のなかを、バスは牛のようにのろのろとすすんでいった。

●豪華さはなく、質素で合理的な作りのマウデン城

マウデン城 出発から3時間も経過し、11時すぎにようやく最初の目的地、マウデン城に到着した。ここで、オランダ担当ガイドの備さんと再開する。備さんがバスに乗り込むと、さっそく、歯切れのいいガイドが始まった。奄美生まれの兵庫育ちの彼女は、ガイドをめざしたときは言葉にずいぶん苦労しただろう。東京に移り住んでかれこれ30年、いまだに関西訛りのとれない(とろうとしない)人間にはその苦労がよくわかるのだ。

 マウデン城は、「マウデンスロット」と呼ばれ、スロットとは鍵という意味で、川を行く船から通行料を徴収することを目的に建てた城であるそうだ。レンガ造りの建物は、なかなか頑丈そうだ。7ユーロを払って入場するが、城内を自由に見学することは許されておらず、専属ガイドがオランダ語で話す解説を、わかったようなふりをして聞かなければならない。ただし、備さんがこっそりとイヤホンを通してガイドしてくれることになっていた。

 ガイド開始の時間が決まっていて、次回の12時まで少し時間があったので、それまで思い思いに付近を散策する。城のすぐそばはヨットハーバーとなっていて、豪華なクルーザーがたくさん停泊していた。12時を10分ほど過ぎたくらいにオランダ人(たぶん)の専属ガイドの女性が現れた。黒い服とスカートを着ていて、バッグを肩から提げている。バッグのひもがシンボルカラーの黄土色と赤色をしている。

マウデン城の入口 開始のころには、すでに入場を待つ人が50人くらいに増えていた。日本人はわたしたちのグループだけだった。ドアを入ると、いきなりらせん階段になっており、転ばないように気をつけて上っていく。階段は右回りで幅が狭く、さらに段差の異なっているので歩きにくい。これは敵の侵入を防ぐためだそうで、こうすれば利き腕の右手で剣を振り回すことができないという。

 階段を上がりきった先に、居間や寝室、食堂、台所などの住居があり、女性ガイドが各部屋を順々に説明していく。中世の騎士の鎧が展示されている一方で、同じ部屋にゼンマイ仕掛けで動く肉の丸焼き器が置いてあった。城と言えば絢爛豪華なものを想像するが、室内はいたって質素で、当時の生活がしのばれる。

中世の甲冑 見学者のなかには、目の不自由な若い女性がいて、真っ白な盲導犬を連れて来ていた。さすがにしっかりと調教されていて、盲導犬は、らせん階段を上るときも、みんなが見学しているときも、ご主人のそばでじっとしていた。背の高い盲目の女性は、ガイドに導かれて、部屋の家具や、武器に使った石の玉などを触らせてもらい、一つ一つ感触を確かめては、満足そうな笑顔をうかべていたのが印象的だった。

 各部屋にはシャンデリアなど豪華な照明器具はいっさいなく、当時の人々は窓辺で1日中読書をしていたそうである。確かにどこの窓際にも、読書用の腰掛けが巧妙につくられていた。約1時間、たっぷりと時間をかけて城の中をガイドしてもらい、オランダ語がなんとなくわかったような気になった。

●アムステルダムでふたたびフェルメールの名画と対面

手紙を読む女 午前中の渋滞がひびき、首都アムステルダムへの到着は午後1時を過ぎていた。中心街から少し外れた「リチャード」というレストランで、ようやく昼食にありつく。鶏肉の料理で、バターで焼いただけのオランダの家庭料理だそうだ。やはり、ここでもフライドポテトがどっさりと付いていた。鶏肉はごく普通の味だが、いっしょに出てきたトマトのスープが格別においしかった。

 そそくさと食事を終えて、アムステルダムの市内観光に出発する。まずはオランダ国立美術館にむかう。レンブラント、フェルメールなどの名画がたくさん展示されている世界的に有名な美術館だ。あいにく改装中だったが、備さんによれば、改装中の部屋にあった作品が一か所に集められるので、効率的に見られて好都合だそうだ。

ミルクを注ぐ女 フェルメールの『ミルクを注ぐ女性』などを見て回ったが、備さんの解説は秀逸で、フェルメールやレンブラントの生い立ち、絵の具の色遣いの見事さなど、立て板に水で次から次へと言葉が出てきて、思わず解説に引き込まれる。絵の美しさがぐっと引き立つ。

 レンブラントの名画『夜警』は、その巨大さ圧倒される。あまりに大きすぎて、この絵を飾ろうとしたアムステルダム市庁舎に収まりきらず、大胆にもキャンバスを切断してしまったそうだ。切断される前の絵のミニチュアが脇に飾ってあった。レンブラントがこの絵を完成させたのは、彼の妻の死の直後だったそうで、悲しみにくれたレンブラントは、すでに描かれていた少女の顔に筆を入れて、妻の顔に変えてしまったという。

夜警(レンブラント) 国立美術館を出た後、バスで市内を一周する。王宮や教会、アンネの像などを車窓からながめる。途中で見学に立ち寄ったガッサンダイヤモンド研磨工場では、わずか1分程度の工場見学ののち、その後は、延々と日本人女性によるダイヤモンドのセールスが続き、いささかうんざりした。しかし、数百万円もするダイヤが目の前にずらりとならべられ、それを見る女性たちの目はダイヤ以上にきらきらと輝いていた。

●オランダの家庭生活を窓越しにかいま見る

 バスは17時過ぎに「ビルダベルグ・ガーデン」ホテルに到着する。明日、明後日の予定が福永さんから説明され、それぞれの部屋にはいる。夕食は自由行動なので、一息入れて、二人で街に出る。世界に知られる「飾り窓」地帯があり、麻薬も合法化されているアムステルダムは、犯罪とも隣り合わせのようで、夜の出歩きは注意するよう言われていた。中心街までは行かず、ホテルの近くで店を探す。

巨大な邸宅がずらり 中華料理店などもあったが、入りやすそうなピザの店を選び、それぞれ1種類ずつピザを注文した。出てきたピザは大きくて、すべて平らげると満腹になった。それでも、妻がデザートを食べたいと言うので、店員にメニューを指さしながら、一生懸命説明して、チョコレートアイスクリームをたのんだ。このアイスクリームがすこぶるおいしくて、妻も満足そうだった。

 9時前にホテルに引き返す。わがホテルの隣には、世界高級ホテル「ヒルトン」が居を構え、回りは高級住宅街で煉瓦造りの大きな建物がならんでいた。どの家も、カーテンのない窓から部屋の中が丸見えになっていて、窓辺に素敵な置物を飾り、部屋の中には上等そうな家具が置かれていた。

 失礼ながら、中をこっそりと覗いてみると、老夫婦が仲良くソファーに座ってテレビを見ていた。別の邸宅にはグランドピアノがどっしりと置かれ、親子らしい二人がピアノの練習していた。国民が力を合わせて、みずからの国土を干拓したオランダ人には、つつましい暮らしをしているイメージをなんの根拠もなく持っていたが、オランダのセレブたちの優雅な生活を、広い窓を通してかいま見た夜だった。

9月3日 ザーンセスカンス~アムステルダム市内めぐり→

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オランダ・ベルギー旅行記

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